育児まんが日記『せかいはことば』でますヨ
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社
次男が生まれてまもなくの2019年1月、悩みがありました。
3歳になった長男の手話表現の幅がひろがってきていて、あまりにもおもしろいその様子を残したいと思いつつ、日本語の文章では、日本手話のニュアンスを伝えることが困難…というか不可能なので、どうしたものかなと困っていました。
そこで、はたと「まんがなら、指の形や流れ、表情も描けるじゃん!」と思いついて描き始めた育児まんが日記を、とりあえず1日1ページ描いていました。それをツイッターにアップしたところ、思いがけない反響があり、数ヶ月ぐらいで、ナナロク社の川口さん、村井さんから書籍化の話をいただきました。
それから幾星霜がすぎまして(といっても3年なんですが、子育てしていると時間の流れの感覚がバグりますな)、ついに、本ができあがりました。
やっほー。
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社
『育児まんが日記 せかいはことば』
手話で話す両親と、0才3才のこどもたちの「ことば」の成長と発見を描いた育児まんが日記です。
著者:齋藤陽道
協力:盛山麻奈美
監修:早瀨憲太郎
校正:牟田都子
ブックデザイン:祖父江慎+根本匠(コズフィッシュ)
編集:川口恵子、村井光男
刊行:ナナロク社
定価:1980円(本体1800円+税)
仕様:B5並製 196頁
ISBN:978-4-86732-012-9 C0095
最強です。
https://note.com/nanarokusha/n/nfbdc3a641ecc
『育児まんが日記 せかいはことば』取り扱い店については、ナナロク社のnoteよりご参照くださいませ。
「本書は、5月下旬から徐々に書店に到着します。(本の到着日はお店によって異なり1週間ほどのひらきがあります)。こちらは、ご注文いただいた全国書店のほぼ一覧です(未掲載の書店は確認次第、追記します)。本が未着の場合や、いち早く完売して品切もあるので、ご来店前には確認をおすすめいたします。※2022年5月12日記載」
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社 紹介文1
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社 紹介文2
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社 紹介文3
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社 紹介文4
育児まんが日記『せかいはことば』ナナロク社 紹介文
草千里にて
「手話による育児まんが絵日記」という形の書籍は世界…いや人類初なんですよ。
文章によるろう者の育児体験記はあったけど、それだと「手話」が、「その人」が、伝わってこない…。別の言語だから当然。 その壁を越えるべくの工夫がたまたまマンガだったんだけど、それがひるがえって人類初の試みに!
初ということを自慢したいんじゃなくて、ぼく自身マンガのプロでもなく、ただただ個人的な記録として始めたものが、初、に近いものになってしまっていることにひどい悲しみを感じる
これまでの手話をもとに子育てをしたかった人たちにとって、情報がなくてどれほど心細かったかという表れでもあるから。
どれほど、心細かったろう。
どれほど、死に物狂いだったろう。
想像するだに、胸が塞がる。
情報がない。
それが、聴者社会に生きるろう者の宿命です。それは、今もなお。
YouTubeは正直、10年も残らないと思う。子育てという長いスパンを必要とする視点において、本は、やっぱりとても強い。
最近繰り返し言ってるんだけども、100年後に残すものとしての視点が、今の僕には強くある。
だってさあ例えば『黒い皮膚・白い仮面』の初版が1952年刊行で、70年目の今もあるんだよ。著者は、36歳で亡くなっているのに。
それでも、本は、続いて、2022年の僕に届いてる。希望じゃないか、まるっきり。
『黒い皮膚・白い仮面』フランツ・ファノン
だから本という形で「21世紀初期の手話のある生活」を100年後に残せる道を作れたことが心から嬉しい。
静かなる過激を滾らせるナナロク社でなければできなかった。つまり本の形が揺れている時流においてそれでも「本」の魅力を追求するナナロク社が傍にいてくれること、ぼくの生涯における深い幸福です。
ぼくは写真も大事だけど、それ以上に「関わりの形のひろがり」を望んでいる。それしかなかったかも。
やがては、全国の大病院にある、新生児聴覚スクリーニング室の待合室や、病院のロビーにも置いてもらいたいと考えています。合わせて、ろう学校、乳幼児相談室を紹介するチラシやポスターも貼りたい。必ずやらなくてはならない。
『コーダ あいのうた』がアカデミー賞をとったり、テレビをみればどこかに手話する人の姿があったりして、社会的に手話が浸透している、よう、に、見えて、実際のところ、手話をもっとも必要とする……もとい、言葉が通い合う喜びを知るためには手話がやっぱりとてもいいと思います。それなのに、現状、ろう児童を迎えた親に対して、手話という言語の選択肢もあるという情報の周知がなされていない現状があります。
それはやがて将来的に、手話言語の喪失の危機でもあります。
それはおそらく、「手話のある生活」のイメージがないからなのではないかと思いました。
ろう当事者であるぼくも、子どもを迎えてみるまで、「手話のある家族の生活」がどういうものかわからなかったもの。でも、実際に迎えてみれば、無類の喜びや、面白さにみちあふれていて。
こんなにも豊かな生活が、これまで本という形では共有されてこなかった。そのことに、愕然とする。「手話ある生活」を知るための、一歩となればと思う。
「せかいはことば」はまんがとしても文章本としても未熟だろう。だからこれを読んだ、ろう当事者が「なんだなんだ、もっと私がおもろく描けるわい」というキッカケになることを切に、切に、願う。
世迷いごとにしたくない。
ただの「育児まんが」でもないです。ただの「手話」の本でもない。
「手話のある生活」を、少しでも多くの人に知ってもらうべく、あらゆる工夫や考えをぎゅっと詰め込んでいる、情熱たぎる一冊です。
ぼくのことを知っている人や手話に理解・興味ある方に手にとってもらうだけでは、「私は手話と関係ないかな」って思っている多くの人に届かないだろう。なので、とにかく売っていって、巻数を重ねていって、話題になってもらうことが、多くの病院や診療所においてもらうひとつの道だと思うので、どうぞみなさま、切に、ご協力願います…!
今年は『せかいはことば』をいろんな人に伝えるべく、道を探る年にしよう。
がんがんがん、がんばります。
それにしても、がんばるってことばは、誰かに言うのも、言われるものでもなく、その未来に立っている自分が、このたったいまの自分に投げかけていることばだねと、この頃、つとにおもう。
『せかいはことば』
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